分子調理研究会会誌に寄稿いたしました
分子調理研究会に所属している私ですが、以前の会報(Vol.5)において、「分子調理研究会に期待すること」というタイトルで寄稿いたしました。全文は会員限定で分子調理研究会サイトから閲覧可能です。
寄稿は、もういくぶんか昔の話ですが、「分子調理ってなに?」「気になるけれど・・・」と思っておられる方に少しでも目に触れたらよいと、公開することにいたしました。
少し分量の多い内容ではありますが、ぜひ読んで頂けますと幸いです。
万国博覧会と分子調理(分子調理研究会へ期待すること)
大阪に再び万博がやってくる。2025年大阪・関西万博が決定した。外食産業のお客様向けにカスタム調理器具を製造する私の会社にも先行きの明るいニュースだ。
万国博覧会と言えば未来を先取りした製品や技術をアピールできる舞台である。これまで食の分野でも最新の製品が発表されている。
1851年のロンドン万博では、それまで軍用の食品だった缶詰が一般にお披露目され、世界に知られることとなった。
1855年第一回のパリ万博ではフランスワインが世界に名だたるワインとしての地位を築いた。
1893年シカゴ万博では、電化キッチンが出展、1901年のバッファロー万博では、インスタントコーヒーが販売された。
1970年は日本の外食産業元年ともいわれるが、これも大阪万国博覧会の影響が大きい。万博
会場でケンタッキーフライドチキンの実験店やロイヤルホストのステーキハウスが出店され、これをきっかけにファストフード・ファミリーレストランが日本に広がった。
2025年大阪・関西万博も、食の分野で世界に向けて発信できるチャンスである。
できれば私の会社でも世の中に驚きをもって迎えられ、新たな標準となるような料理や食のサービスを出展したい。しかし私の会社で開発に携わるのは2~3名、私自身も製品開発経験も乏しい。そんな現状でも開発の夢を持つことができるのは、分子調理研究会のおかげだ。
私が初めて参加した研究会の会合は昨年の8月。日本調理科学会の総会が兵庫県で開かれ、それに引き続いての分子調理研究会だった。会場は実際に分子調理法を取り入れておられる神戸三宮のレストランESPICEさんだ。
参加メンバーは、大学の調理研究者、フレンチ、和食の調理師、食品加工メーカーの開発担当者、私のような調理機器に関わる企業、農業大学で学生さんなどがテーブルを囲んだ。
コースの料理は積極的に新しい調理法を使われたもので、それぞれに詳しく説明をいただいた。プレートは物語が展開するようにテーブルの上にあらわれ、グループで森の探索をしていくような食事の時間を楽しんだ。食事中の会話は専門分野の異なる参加者ならではの視点の違いが新鮮で楽しかった。デザートのプレートはナイフを入れると、色と形が一瞬のうちに変化した。視覚的な動きや変化も料理の魅力を作り出す要素だ、わたしの調理器具メーカーとしての経験も映像製作者としての経験もムダにならないと思った。
分子調理研究会創設の目的は、”調理に関わる現象を分子レベルで理解し、料理に対する新たな科学的知見を集積すること(分子調理学)”と会則にある。
この点では私はまったくの素人なので少々肩身が狭く感じるのだが、それに続く”分子レベルに基づいた新しい料理、新しい調理技術の創成を目指すこと(分子調理法)”ここでは専門性も発揮できるはずだ。
新しい時代の料理はさまざまな分野のコラボレーションから生まれるに違いない。そこで自分なりの経験や知識を活かせればどんなに楽しいだろうか。
私は20代で大阪の映像製作プロダクションで経験を積み独立、40代までフリーのディレクターとしてCM製作に携わっていた。40代後半に義理の父の後を継ぎ経営者になって約10年になる。
かつてCMディレクターとして食品のコマーシャル製作していた時は、美味しそうに感じさせるテクニックをさまざまな撮影現場で学んだ。撮影速度やシャッターの角度によって食品の鮮度を高く見せる方法、動画の中のフレームを間引いたり足したりすることで料理の動きを変え、よりシャキッと感じさせる編集方法をなど身につけた。食品の美味しさを強調するシズルカット撮影では、1~2秒のワンカットの中にはじける油やカットした面からあふれる肉汁、とろりと溶けて流れるクリームやソースをどのように捉えるか試行錯誤した。
現在私が経営する会社(株)オーシンは、レストランやホテル、フードコートなどに向けてカスタム調理器具をメインに製造している。
ガス火加熱用に製造された土鍋を加工し、カーボン発熱体を取り付けてIH調理器に対応させる加工品。海外にも展開する大手ステーキ店などにIH調理器で短時間で蓄熱し、その熱で客席でステーキを焼く(特許製品)IH用プレートをなどを提供している。開発商品のほとんどは、顧客の困りごとから生まれている。顧客の願いは、今までにない新しい調理方法や提供方法を可能にする事だ。
求められるのは顧客によってさまざまだ。調理の現場でスタッフの負担を減らす調理器具の軽量化。ゆっくり食事をする人にも最後まで暖かい料理を提供する蓄熱構造。省スペース化のためのスタッキング構造。他のレストランにはない新しいデザイン。これらを考慮して設計、小ロットの試作本生産を行っている。
製品の設計は社内で行い、弊社工場をはじめ東大阪・八尾の町工場や日本各地の窯元や鋳物工場などと協力して完成させている。
顧客が”今までにない新しい調理方法や提供方法”を常に探しているのなら我が社も同じようにいつでも未来の調理・未来の提供方法を意識し研究しておく必要があるはずだ。
分子調理に関心をもったのも、未来の調理を一足先に知りたいと考えたからだ。
今の主力商品である蓄熱ステーキ皿とIH土鍋(陶器)がなぜ売れているか、あらためて要素を分けて考えてみた。
- アルミや陶器という軽い器であること
- IHで使えること
- 蓄熱性能が高く最後まであたたかいこと。
それに加えてさらに2つの共通点があった。ステーキ皿では、バチバチと油がはね湯気が立つ状態でお客様に提供される。フードコートではアピール力が強い。お客様は皿の上で肉をひっくり返しジュージューと自
分の好みに焼く。
陶器の鍋やプレートはスンドゥブやカルボナーラなどに活用いただいている、ステーキ皿と同じく立ち上る湯気に加え、出汁やソースがグツグツと沸き立つ動きや、そこに生卵を割り入れて混ぜると固まっていく変化が食欲をそそるのだ。
ステーキ皿も陶器も
- はねる油やグツグツと沸き立つソースなど見た目でアピールしてくること
- 肉を焼くことや卵を混ぜて固めるなど食べる前に見た目の変化があることだ。
前述したESPICEさんのナイフを入れると色と形が一瞬のうちに変化するデザートのプレートと同じく、視覚的なアピールも料理のおいしさを作り出す重要な要素で、この点にこだわることで未来の料理を生み出せるかもしれない。
2025年大阪・関西万博に出展される未来の料理、見た目のアピールと変化を加えた新しい料理。未来の事ならSF映画にヒントがあるのではないかと、今まで見た映画を思い返してみた。しかし未来のシーンに美味さをアピールをしてくるものは無さそうだ。むしろ2001年宇宙の旅ではペースト状の完全食品的な何かだ。宇宙船という設定だから仕方ない。ブレードランナーでは器に入れた未来の葛きりのような透明の麺に、ステーキ・フライドポテト・サラダのホログラムを投影して、未来食の寂しさを強調していた。これでは残念だ。
万博に登場する未来の食事、できれば食べる人をちょっと驚かせるものでありたい。
1990年の大阪万博、当時4才だった私は未来の食堂「空中ビュッフェ」にどうしても行きたいと頼んだ。カプセルに搭乗して空の上から会場を眺めながら食事をするカフェに興奮した。子供心に残念だったのが開いたランチボックスに入っていたのが、“未来”では無く“今”と同じパンとジュースだったからだ。
食べた子供が未来を感じてくれるような料理や調理法。今はまだどんなものかイメージできないのだが、花が次々と開き香り立つプレートなど、見た目や動きで美味しさや未来感をアピールしてくる要素を加えてみたい。
こんな夢のような事も、さまざまな分野の専門家が集まる分子調理研究会メンバーとのコラボレーションなら生み出せるのではと期待している。我が社も調理実験器具
や金属加工などでみなさんのお力になれることがあればぜひお手伝いをしたい。
分子調理研究会とは?
分子調理研究会は、新しい料理を生み出すためのサイエンスとテクノロジーを考える研究会です。
会員は研究者・技術者だけでなく、調理師や料理人、料理好きな方まで幅広く存在します。
公式ページ:https://www.molcookingsoc.org/
分子調理とは?
分子調理とは、分子ガストロミーとも呼ばれる、調理を物理的・化学的に解析する学問分野、またはその調理法です。
自宅でも分子調理の知識をつかって未来の料理が作れる「分子調理の日本食」は面白く参考になりますのでおすすめです。
石蛙博士の「なぞ弁当」〜不思議な料理本『分子調理の日本食』を参考に〜(石川 伸一、石川 繭子)
世の中には、さまざまな料理が、分子調理学によって取り上げられ、分析され、調理方法が開発され、進化しています。
興味のある方は、ぜひ調べてみてください。